最高裁判所大法廷 昭和26年(ク)114号 決定 1952年4月02日
主文
原決定及び第一審決定中全日本新聞労働組合共同支部に関する部分を取り消す。
右組合共同支部の本件申請を却下する。
その余の本件特別抗告はいずれもこれを棄却する。
本件申請の総費用は抗告人等の負担とする。
理由
抗告理由第一点及び第二点について。
論旨は、原審が本件解雇は連合国最高司令官の命令の実行ではないと認定したものであるということを前提として、そうだとするならば本件について憲法の適用が排除されるいわれはあり得ないにもかかわらず、原審は占領政策に藉口して本件解雇を有効としたものであると非難する。
しかし昭和二五年七月一八日附連合国最高司令官マッカーサー元帥から内閣総理大臣吉田茂宛の書簡には「虚偽、煽動的、破壊的な共産主義者の宣伝の播布を阻止する目的をもつた私の六月二六日附貴下宛書簡以来日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対して更に陰険な脅威を与えるに至り暴力によつて自由を抑圧する彼等の目的について至る所の自由な人民に対し警告を与えている。かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由且つ無制限に使用することは新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な自由な日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明らかとなつた。」「現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘においては総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、且つ誠実に遂行しなければならない。かかる責任のうち、公共的報道機関が担う責任程大きなものはない。何故なら、そこには真実を報道し、この真実に基づいて事情に通じ、啓発された世論をつくりあげる全責任があるからである。歴史は自由な新聞がこの責任を遂行しなかつた場合必ず自ら死滅を招いたことを記録している。」「現実の諸事件は共産主義が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し、無責任、不法の少数分子を煽動して法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白なことを警告している。それ故日本において共産主義が言論の自由を濫用して斬る無秩序への煽動を続ける限り、彼らに公的報道の自由を使用させることは公共の利益のため拒否されねばならない。」と言つている。この書簡は直接には日本政府に対し「アカハタ」及びその後継紙並びにその同類紙の発行を無期限に停止する措置をとるよう指令したものの如くであるが、右の文言の全趣旨を本件にあらわれた他の資料と共に考え合わせてみると、一般に相手方のような報道機関から共産主義者又はその支持者を排除すべきことを要請した指示であること明かである。また右の書簡は内閣総理大臣吉田茂に宛てられたものではあるが、前記日附の官報にも公表されており、それは同時に日本のすべての国家機関並びに国民に対する指示でもあると認むべきである。
日本の国家機関及び国民が連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実且つ迅速に服従する義務を有すること(昭和二〇年九月二日降伏文書五項、同日連合国最高司令官指令一号一二項)、従つて日本の法令は右の指示に抵触する限りにおいてその適用を排除されることはいうまでもないところであるから、相手方共同通信社が連合国最高司令官の指示に従つてなした本件解雇は法律上の効力を有するものと認めなければならない。これを無効とする抗告人の主張を原決定が排斥したことは結局において正当であつて、この点を非難する論旨は理由がない。
次ぎに日本における連合国の管理は原則として間接管理の方法をとつている。従つて連合国最高司令官の命令又は指示に基づく事項であつても、これに関する裁判は、特に日本の裁判所がこれを審判することを排除する趣旨が明かであるものを除き、日本の裁判所にまかされている。本件解雇は上に述べたように、連合国最高司令官の指示に従つてなされたものではあるが、これに関して日本の裁判権を排除する特別の理由はないのであるから、所論のように日本の裁判所に裁判権がないということはできない。この点についての原決定の判断は結局において正当であり、論旨は理由がない。
同第三点について。
抗告人が相手方の事業場内にある組合事務所を被解雇者に使用せしむべきことを求める趣旨の仮処分の申請をしたのに対して、第一審裁判所はこれを却下し、原審もこれを維持した。論旨は結局このことを非難するに帰するのであるが、前記のように原審が本件解雇を有効と認め、右のような仮処分の申請を理由なきものとして却下したからとて、所論のような権利の侵害を来たすいわれはない。原決定は結局において正当であつて、論旨は理由がない。
なお職権を以て調査するに、本件仮処分申請は本件解雇無効確認の訴を本案の訴とするものであることは、抗告人等の主張自体によつて明白である。果してしかりとすれば、その訴は相手方と全日本新聞労働組合共同支部以外の抗告人との間に、雇傭に基づく法律関係のなお存続することの確認を求めるものに外ならないのであるから、特段の事由のない限りその法律関係の当事者の外に、その法律関係につき何等の処分権をも有しない右労働組合共同支部に、かかる訴を遂行する権能を認むべきものではない。従つて右組合にこの訴訟遂行権あることを認むべき特段の事由について何等の主張もない本件においては、右組合共同支部は、本案の訴につき当事者適格なく、また、その本案判決執行保全のためにする本件仮処分申請についても、全く同様の関係にあるものというべく、該申請はその内容の当否を調査するまでもなく、不適法として排斥せざるを得ないのである。されば、第一審及び原審が右組合共同支部の本件申請につきその内容に関し判断をなしたことは違法であり、この点においてはいずれも破棄を免れないものである。
よつて右労働組合共同支部の本件抗告は結局理由あるに帰しその余の抗告はすべて理由なきものと認め主文のとおり決定する。
この決定は裁判官斉藤悠輔の補足意見を除く外他の裁判官一致の意見によるものである。
論旨第一点乃至第三点に対する斉藤裁判官の補足意見は次のとおりである。
原決定の判示は、要するに、本件解雇は、昭和二五年七月一八日附連合国最高司令官マッカーサー元帥から総理大臣吉田茂宛の書簡の趣旨に従い、占領政策を達成するために必要な措置として相手方報道機関の経営者に対してもその機関から共産主義者又はその支持者を排斥すべき要請乃至命令に応じて自主的判断に基づき有効になされたものであつて、右要請乃至命令と抵触する日本国憲法、労働基準法、労働組合法等の国内法規や労働協約所定の条項などは、その適用が排除されることは固より当然のことである旨判断したに過ぎないものである。されば、原決定は、その裁判において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するか否かの判断をしたものでないこと明らかである。従つて、所論は、すべて原判示に副わない独自の見解を主張するだけであつて、特別抗告適法の理由として採ることができない。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)